more than a SCORE

1996年から競馬を開始。20年続けてなお楽しんでいくための備忘録を兼ねた日記。

藤岡康太を偲んで

ジャスティンミラノの皐月賞1週前追い切りの映像を観たのは、皐月賞当日の朝、1Rが始まる前の中山競馬場でした。

 

週中は忙しく、前日土曜は別用で出かけていたこともあり、ちゃんと向かい合うのは十分集中できる状況で、と予想の組み立てにつながる情報は意識して避けておりました。ファンも関係者も普通の心持ちでは臨んでいないG1でしたし、出走馬の調教動画を観てしまうとね、レースでの馬の走りを具体的にイメージし始めてしまうのでそれは止めておきたかったんですよね。

ニュース記事で1週前追い切りが好感触であることは確認していましたが、いやー、よかった。よい動きでした。未完成な馬体は承知のうえで、横の比較でもジャンタルマンタルと比肩して最上位にとりたい動きに見えました。

 

ワグネリアンマカヒキ、ドウデュースなど、友道厩舎の1週前追い切りで康太が跨っていた認識はありました。ドウデュースの時は武豊負傷で戦線離脱時のジャパンカップでしたから、代打というニュアンスだったかもしれません。

1週前追い切りにリーディング上位のジョッキーですから、しっかり馬を動かしておきたい意図が伝わります。康太はレースで乗らない前提でその役を買って出ていたわけで、それだけでも彼の仕事に向かう真摯なスタンスが推察できました。厩舎と懇意であることも伝わってきますね。

 

「最後のクビ差は康太が後押ししてくれた」と戸崎が表現したのは、その1週前追い切りでしっかりトレーニングした成果がラストの踏ん張りにつながったという意味だと受け取っています。

もっとセンチメンタルな比喩表現と受け取ることもできますし、その受け取り方でも全然問題ないと思っているのですが、自分には「いなくなってしまった仕事仲間の仕事ぶり」を素直に称えたコメントと受け取れました。

 

康太の痕跡。彼の仕事ぶりはクラシックをクビ差で制するパフォーマンスにつながりました。

友道師はジャスティンミラノを応援しながら「康太!康太!」と叫んでいたようですね。当然事情は異なるのですが自分も部下を急に亡くした経験がありますので、戸崎のコメントもそうですし、何より人馬を迎える友道師の涙でもうダメでした。中山の混雑を避けてレースは自宅でテレビ観戦でしたが、あの涙はもらうしかありませんでした。

 

…いちファンという距離感で悲しさを覚えているわけですが、何といいますか、自分の仕事をひとつひとつこなしていくなかで思いがけず不意にいなくなることになってしまった、というのが確認しようもない本人の実感なのではないかと思っています。レース後にコメントが出せたなら、鞍下と後続馬の関係者に迷惑をかけて申し訳ない、という内容になったのではないかと。

 

後述しますが、もっとも不運な結果になってしまった事故なのだと、そしてそれ以上の文脈を探すこともこれ以上悲しさが拡散するのもきっと過剰で、本人からすれば自分のやらかしに恐縮してしまうことなのだろうと思っているところです。

自分のせいで周囲が悲しい顔になっている様はきっと見たくないでしょうからね。

 

不運な事故、そして康太ならではの発生確率

康太自身、似た落馬事故を2016年に経験していました。

マカヒキが2着した皐月賞当日4/17、阪神3Rで前の馬に接触しての落馬でした。自分は当時のことを覚えていなかったのですが、読み返したnetkeibaの兄弟対談の中で話題に上がっていました。

news.netkeiba.com

 

裁決パトロールを観ると、1コーナーで外枠の馬がセーフティな距離間で寄せてきて康太の前方にはいろうとしているところに、ふわーっと突っ込んで接触してしまった格好。

本人のコメントを引用します。

少し狭くなるかなと思いながらも、ここで下げてしまったらこの馬のよさを生かせないと思って、引っ張らなかったんですよね。それだけは鮮明に覚えています。でも、思っていた以上に狭くなって、「あっ!」と思ったときにはもう……。

本人の乗り馬に対する考え方、危険に対する警戒の度合い、ある種の勇敢さ、反応速度や行動の癖などなど、藤岡康太という乗り役の輪郭が推し量れるコメントがそこにあると思いました。

 

今回の落馬事故について、川田がその見立てと受け止め方を描写してくれています。現役のジョッキーが大仰な決意などなく、これを普通に書いて普通に読まれる世界が理想ですね。

news.netkeiba.com

 

以下、川田の言葉を引用します。

落馬したという事実だけを切り取れば、先行馬との距離が近すぎたことが原因なので、事象そのものは当該馬に騎乗していた騎手の責任です。当然、周りにいたジョッキーたちは誰も悪くない。かといって、康太が雑に乗っていたのかとなると、決してそんなことはない。ただ、あの瞬間、ほんの少し、本当にほんの少しだけ、前の馬との距離が近すぎてしまった。

ほんの数センチの差で、ああいった事故が起きてしまう危険な部分もあるのが『競馬』だということ。死につながる事故がJRAでは20年間起こらなかったというだけで、そういった事故が起こる可能性は往々にしてあるという現実です。

ダビスタの時もそうですし、ウマ娘でもまた同様ですが、ゲームの世界では問われないリスクと競技性がそこにはあります。普段から強く意識する話ではありませんが、速いスピードが求められる競技ではこうしたリスクはついて回るでしょう。それは応援する側も心得ておく必要があると思います。

 

康太はそれを踏まえたうえで、もう一歩踏み込んでしまうタイプだったのかもしれません。本人はシンプルに「もっと勝ちたい」とも話していますので、自身のためでも乗り馬の結果のためでもあったのでしょう。

セーフティに乗るより結果を求めるあと一歩の踏み込み。それが今回だけ不運な結果となって表れてしまった。自分はそこに納得するポイントを見出しています。

 

藤岡康太の痕跡

すでに開催も変わっていますが、彼が手掛けた馬が結果をだしています。土曜の福島牝馬Sを勝ったコスタボニータ、未勝利勝ちは康太によるものでした。日曜の東京、鎌倉Sではコパのニコルソンも接戦を制しています。

先週の土曜には宮厩舎の弟弟子、高杉吏麒が人気薄ゼットカレンで結果を出しました。Xでは泣きながらファンにサインする映像があがっていましたね。こちらも康太が調教をつけていたようです。

 

中山グランドジャンプのジョッキーカメラ、黒岩の声も拡散されていましたね。
https://www.youtube.com/watch?v=Lhq06z3UvKw

こうして他のジョッキーや関係者のリアクションに触れると改めていいやつだったんだなと。弟キャラが愛されやすいほうに出ていたのでしょうね。

馬の仕上げにかかる痕跡もそうですが、周囲の心にも大きな痕跡を残しているようです。だからこそ残念で悲しさも増してしまうのですけどね。

 

最後に

思い入れるひとの死にあたって、行き場のない気持ちの向きを整えることは時に難しくなってしまうと思っています。世界中で様々な宗教がそれぞれの受け止め方を唱えてきたでしょうし、いまだもって瞬時にショックをやわらげるような最適解は得られていないのでしょう。

レースの安全対策などは事故に限らず議論してほしいわけですし、実際進んできているわけですが、いまの悲しみを叩きつけるべきテーマではないわけです。

 

受け入れる以外にない事実を前に、少なくともファンという立ち位置からはお気に入りの競馬が平常運転できるよう静かにこうべを垂れるだけなのではないかと思っています。あくまで個人の見解ですが個人のブログですからね。

 

ナミュールの勝利ジョッキーインタビュー、一番気を付けたことはという問いかけに「馬がリラックスして道中走れることを意識して乗った」とコメントしていました。ポジションありきで競馬をしたわけではなかったのでしょうね。

馬のリズムとレースの戦略、そのバランスが嵌ったりずれたりしていたことが生涯成績にも表れているように思います。自身で「感覚派」と話していた、そのピントがこれからあってきたかもしれない中での事故、と考えるとやっぱり残念ですね。

 

いいジョッキーを道半ばで見送るのはつらいな。深く哀悼の意を表します。おつかれさまでした。