more than a SCORE

1996年から競馬を開始。20年続けてなお楽しんでいくための備忘録を兼ねた日記。

凱旋門賞の馬場と日本馬の敗因についての推察

ヴァルトガイストの差し切り、エネイブルの3連覇は成りませんでした。

戦前のエネイブルの人気、圧倒的でしたね。現地の様子はツイートで知るばかりでしたが、ディープインパクトの3冠の時のような、きっと決めてくれるという空気が醸成されていたように見えています。それだけにあの馬場コンディションでの横綱競馬はなかなか厳しい条件になったとみるべきでしょう。変な待機策で不利をくらうわけにはいかない馬ですものね。

先行勢の直後4番手で控えたエネイブル、直線で手応えよく見えるマジカルに襲い掛かり、そのまま後続を突き放しました。決まったと思いましたけどねー。そこにヴァルトガイストのスタミナ差し。人気を背負った分の早仕掛けというよりは馬場を考慮した早め粘り込み、と見えましたが、1頭だけ差せる馬がいましたね。

日本でいうなら、テイエムオペラオーが惜敗した天皇賞秋とジャパンカップが近しい構図と思います。馬場状態を加味すると天皇賞秋のほうがしっくりくるかな。オペラオーが他馬をすべて突き放す横綱競馬をしたところ、それぞれアグネスデジタルジャングルポケットに離れた位置から差し切られました。あのジャパンカップジャングルポケット単勝を握っていましたが、ヴァルトガイスト◎には至りませんでしたね。

ブドーは凱旋門賞初制覇。こういうスピードとスタミナの目算が大きく変わるコンディションだと、継続騎乗の経験値はアドバンテージとして大きくなると思っています。1、2着ともにレース中の配分は抜群でした。

レース結果

JRA発表は以下。

jra.jp

フランスギャロの発表も。

http://www.france-galop.com/en/racing/detail/2019/P/c0xHRGZBeWkzcDhqa1orc0xLRjdQZz09

レース映像

フランスギャロのYouTubeアカウントです。

www.youtube.com

レース回顧よりは馬場の特徴と日本馬の敗因分析を中心に書きます

英チャンピオンSであれだけのパフォーマンスをするマジカルが直線半ばで失速していく過酷さや、エネイブルの驚異の粘りについて感想を書く方がとても日記らしくある意味で楽ではあるですが、いまいまは馬場とペースからみる今年の凱旋門賞の特徴と、日本馬参戦にかかるさまざまな価値観について自分なりに整理しようと思い立っております。

まぁまぁ長くなりますので、お時間許すようでしたらお付き合いください。

今年はかなりの前傾ラップ

公式レースラップ、が見当たらなかったので、フランスギャロがリリースしたレース映像からラップタイムを抜き出してみました。
順に、1400m通過(残り1000m)、1800m通過(残り600m)、2000m通過、2200m通過、2400m走破タイムとなります。
1:27.79
1:52.59
2:06.14
2:18.68
2:31.99

この計時ラップでいうとラスト3ハロンは13.55-12.54-13.31、前半1400m(87.79)の平均ラップは12.54となります。

mahmoudさんの切り口を手掛かりに2013年との比較

一方、mahmoudさんが面白い比較をしていましたので引用しますね。

 

mahmoudさんの計測では1400m通過86.5、レース映像のそれとはギャップがありますね。要旨として、かなり悪化した馬場状態でオルフェーヴルの時より通過ラップが全然速い、というのは興味深い点と思います。ここを押さえる意味で公式発表でないラップも十分有用といえそうです。

2013年オルフェーヴルのレース映像からもラップを抜き出してみました。比較しておきましょうか。

2019:1:27.79-1:52.59-2:06.14-2:18.68-2:31.99
2013:1:31.53-1:57.30-2:09.12-2:20.16-2:32.04

フランスギャロの「Time Tracking System」とは

いろいろ調べていたら、以下の記事を見つけました。

http://www.france-galop.com/en/content/arc-sectionals-verdict

どうやら独自の計測システムが導入されている模様です。詳細はどこかの取材記事などを待ちたいと思いますが、こちらでも前半のペースの速さと、ヴァルトガイスト以外のラスト1ハロンが13秒以上かかっていることを指摘しています。前傾ラップだったのは確かなようですね。

今年の馬場コンディションはTR SOUPLE

JRAでは現地発表の表現を、日本式に置き換えています。馬場状態の発表の際にその一覧を併記していますね。以下のページで確認できます。

jra.jp

今年はTR SOUPLE、日本でいうと「重」。ちなみに先ほど引き合いに出した2013年はSOUPLE。日本式だと同じ「重」になりますが、現地ではいち段階悪化している表現になります。…現地発表と併記することをJRAにはお願いしたいですね。

「very sticky」という馬場が求める能力

上記のJRA結果ページでは、当日のレポートも掲載されています。馬場コンディションについて現場の関係者は「very sticky」と表現していたようですね。細かいニュアンスを測りかねてはいるのですが、一般的にstickyはべとべと、ねばねばという粘着性を指す言葉。

ここからは推察するばかりになりますが、単に柔らかい馬場だったのではなく、ぬかるみが強く、脚をとられやすい状態だったのではないかと。ぬかるんでいる分を加味すると、接地の際にはすべりつつ軽く埋まってしまい、離地といいますか蹴った脚を引き上げる場面では力を要する、といった走りにくさがイメージできます。接地後にすべったり体勢がブレないよう、支えるパワーも要するでしょうね。

ゴスデン師が傘を馬場に突き刺して引き抜く、という映像をツイートで見かけましたが、そのあたりを確かめていたとすると合点がいきます。まぁまぁ深く刺さっていましたね。

今年のパリロンシャンは日本の馬場との支持力、排水性のギャップがより顕著に

日本の馬場は表面が荒れたとしても路盤層がしっかり加重を受け止める構造になっている認識です。上層路盤にはエクイターフ(横に根が伸びるほふく茎)によるグリップ確保が加わりますから、ねばねばして脚を取られるという状況は起きにくいのでしょう。

馬場の構造についてはJRAのページを参照するのがよいと思います。

www.jra.go.jp

先に指摘した通り、ぬかるんだパリロンシャンはこのほぼ逆のコンディションではあったように推察しています。ぬかるみで馬場の支持力が得られにくくグリップも効きにくいコンディション、ですね。

参考までに。昨年の報知山本記者のレポートですが、現地のジョッキーから馬場に不満がでていること、芝が剥がれやすいという武豊のコメントを見つけることができます。

hochi.news

ロンシャンの馬場構造を解説したテキストは目にしたことがないのですが、日本のような支持力のある路盤や排水のための暗渠管などを準備してはいないのでしょう。であれば、降雨が多くなると水が溜まりやすく表面がぬかるむ(根と土の間に保水した状態)のも理解できるところです。

日本の馬場で求められる蹄のグリップと脚を引き戻すパワーの「軽さ」

グリップしやすく支持力があり、脚を引き戻す際にパワーを求めない日本の馬場は、相対的にパワーを要さない素早い接地と脚を引き戻す俊敏さを磨きあげることを求めます。「軽さ」こそが勝敗を分けるポイントになるでしょう。

ディープインパクト産駒を「軽さ」で形容する場面が散見されますが、こうして真逆の状態と比較すると、改めて妥当な表現なのだろうと思い至っています。

エクイターフは馬場の支持力とグリップに対する「馬の信頼」が高いはず

また、馬の馬場への認識にも影響があると推察します。

このくらいの力で蹴りだせばこのくらいのスピードがでるはずという馬の経験は、馬場への「信頼」を醸成するものと思います。日本調教馬は、馬場の凸凹に注意を向ける必要が少なく、躊躇なく馬場を叩き、全力でストライドを伸ばす経験を繰り返しやすい環境下にあるのでしょう。しっかりとメンテナンスされたエクイターフが、馬場への「疑う必要のなさ」を担保していると考えられます。

初めて真逆に近い馬場を経験して、馬の側で対処ができなかった可能性

フィエールマンはスタートよく飛び出した後、そのまま先行策を取りました。加減速を求めるには厳しい馬場、ルメールは減速のコストが高いことを考慮したのだと思われます。が、エクイターフに近いイメージでフォームを伸ばしてしまっていたとしたら。

うまい例えかは何ともいえませんが、6人制バレーのプロ選手が体育館でのグリップの感覚のままビーチバレーの大会に参加したら。あっという間に体力を消耗してしまうのではないでしょうか。

手塚師の「今回の結果は能力差ではなく、経験値の差だと思う」「今後はこういう馬場でも走れるような馬づくりをしないと勝てない。馬の精神面のアプローチが必要なのかも」というコメントは、馬の筋力の使い方と馬場の支持力への信頼感を、日本で繰り返し得てきた感覚から変えていく必要を指しているのではないか、と受け取ることができそうです。

news.netkeiba.com

日本馬3頭の戦略はやむを得ない消極的な選択であったと推察

フィエールマンを引き合いに出しましたが、ブラストワンピースもまた、馬場のギャップを踏まえて待機策では差せないという判断があったのではないかと考えています。スタートがよかったフィエールマンがわかりやすくブレーキを踏まなかっただけで、川田もポジションを取って加減速を少なく抑える追走を選択したように見えています。

ただし、待機策から切れ味勝負にするよりまし、という消極的な選択だったのでしょう。先行策はある意味で博打だったと思われます。

キセキのスミヨンがペースと馬場に対して妥当な対応とポジショニングを求めたと受け取っていますが、あそこから突き抜けるにはこれまで議論してきたような経験のギャップが大きかったのでしょうね。

例年にない悪路でのレースが大きな敗因なのは間違いないのですが、こうした日本馬の経験とのギャップの大きさが、大敗してしまった要因として考えられるのではないか、という見解に至っております。

長期遠征の必要性について

さて、レース直後の敗因分析を様々に見聞きしましたが、長期遠征が必須という端的な論調には少し異なる見解を持っています。

もちろん輸送や環境に慣れることも挑戦の一部ですし、個体によっては輸送の向き不向きを検討する必要もあると思います。ただ、これまでの推察から、筋肉の使い方や馬のフォームへの意識が馬場とフィットしていくことが対策として考えられます。そのため、すべからく長期遠征である必要はないかもしれません。

馬場へのフィットを求めることと長期遠征は、概念としては分けて考えうると思われます。

ではどうやって現地の馬場をシミュレートするのか。…いちファンには手に余る議論ですね。単純に同等の馬場施設を用意すればよい、というわけでもないでしょうし。また、先の仮説が外れていなければ、馬が地面との接地にしっかり意識を向けるトレーニングのノウハウも必要になるはずです。いずれにしてもコストを抑えた中での準備は、国内を中心に検討するのが現実的なように思われます。

…もはや暴論ですけどね、天栄やしがらきをつくったように仮想パリロンシャンな馬場をつくってトレーニングすることができれば、と思いつきました。ただこれも多分に財源が焦点になりますね。

今年の馬場コンディションを指標にする必要性はない

また、今年の馬場を今後の対策の指標にする必要はないだろう、とも思っています。例外的なコンディションに合わせて遠征馬をチューニングをする方がコストもリスクも高くなるでしょう。現実的なアプローチとして、モンジューとヴァルトガイストがこなした馬場を除いて、対策を検討するといった発想が賢明と考えています。

ホースマン個々人の夢から企業プロジェクトへ

これまでは池江師や角居師、藤沢師、森師といった一部の調教師の資質や人脈、ノウハウに依存してきたことは、外野からでも窺うことができていました。角居師は何とか業界全体のナレッジにしようと取り組んでいたようですが、あくまで一部に留まっていたようです。

今年の遠征のうち、大竹師と手塚師は海外遠征のノウハウに長けているわけではありませんでした。ディアドラの橋田厩舎のサポートもあったようですが、ニューマーケットでの調整はノーザンファーム主導で行われたようです。以下はそのあたりを取材した記事ですね。

number.bunshun.jp

ノーザンファーム天栄の木實谷場長も今回の経験を活かすというコメントを残しています。

www.daily.co.jp

ビジネスよろしい表現に変換するなら、PDCAを回してノウハウを次回以降に活かす、となるでしょうか。重要なのはいち生産牧場が継続的にトライをしていく姿勢を示したことだと考えます。これまでの動きがゼロだとは思っていませんが、より組織的に海外遠征に取り組むという旗色が鮮明になった印象があります。

凱旋門賞への参戦は、これまでの調教師主導の「点」の挑戦から、生産牧場主導の「線」の企業プロジェクトへ、明確な変化をみるべきなのでしょう。

この動きは凱旋門賞に限らないでしょうね。メールドグラースのコーフィールドカップ制覇(お見事のひと言ですね)、今週末のリスグラシュー、クルーガーのコックスプレートも含めて、海外遠征へのアプローチ、2019年は転換点だと感じております。

凱旋門賞制覇は遠のいたのか

日経の野元さんの指摘です。

www.nikkei.com

ノーザンファームの1強傾向とクラブ法人への有力馬集中が長期遠征の難しさを招くことで、(凱旋門賞に限らずなのでしょうか)欧州のビッグタイトルが遠のくのではと懸念を表明しています。

ただ、先に披露した馬場克服のための妄想のように、ノーザンファームPDCAがこれまで取り組んでいなかったアプローチを見出すかもしれません。トライアンドエラーの蓄積に、たとえばオルフェーヴルのような特別な素材が巡り合えば、相応の確度をもっての凱旋門賞参戦が叶うかもしれません。

ひとつ気になるのは、JRAの国際化というベクトルが有力馬の海外遠征とリンクしているかという点。少なくとも90年代後半の助成の枠組みはなくなっている認識ですので、個人馬主がトライしようとした際に、ノーザンファームのノウハウが活かせない問題が生じる可能性があります。…牡馬なら将来のスタリオン入りまで展望して共同所有にするのかな。

海外G1の売上は諸外国の主催団体には垂涎感があるはずですので、こうした好機を活かしての、海外遠征へのハードルが下がる仕組みや仕掛けを是非推進してほしいと思います。イメージしているのは、ブリーダーズカップ・チャレンジのような枠組みを豪州の主要G1にも求めるような動きですね。多様な仕掛けのなかで、one of themとして凱旋門賞制覇も成るように思っています。

最後に

…日記は自分向けだからと言い訳をしながらだいぶ長く書き散らしました。端的にまとめる力が足りないのでしょうが、吐き出し切ってすっきりすることも大事と思っています。お付き合いいただいた方に、何かヒントになる言葉がちょっとでもあれば幸い、ですね。

さて、心置きなく天皇賞秋に取り組めます。この金曜の豪雨で府中の馬場は不良発表。ここからどれくらい回復しますでしょうか。土曜の晴れ間次第とも思っていますので、馬場とのにらめっこは直前まで続くかもしれませんね。

Bコース替わりですから内枠有利が前提なのですが、まだ様々な可能性を視野に入れております。アーモンドアイに逆らうのはねー、とは思っていますよ。