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1996年から競馬を開始。20年続けてなお楽しんでいくための備忘録を兼ねた日記。

日本競馬の「国際化」を可能な限り言語化してみる(4)

前回の投稿までで、ステークホルダーによる「国際化」という言葉の受け取り方の違いと、国際交流と国際基準への適合という「国際化」の2つの側面について私見を述べてまいりました。

日本競馬の「国際化」を可能な限り言語化してみる(1) - more than a SCORE

日本競馬の「国際化」を可能な限り言語化してみる(2) - more than a SCORE

日本競馬の「国際化」を可能な限り言語化してみる(3) - more than a SCORE



今回は、おそらく地域により抗いがたく異なっている「馬場」について言葉を重ねてみようと思います。

ウマ科学会のシンポジウム:国際的な差異と日本の特徴に触れる

昨秋のウマ科学会のシンポジウムでは、JRA施設部の方が「施設面から見た各国の競馬場」と題した講演を行っています。以前の投稿で紹介しましたが、改めておさらいを。

競走時に1本の脚へかかる荷重は2t、という導入から、日本の(芝)馬場整備にあたっては以下の内容をポイントにしていることが紹介されました。

  • 支持力の保持
  • 均一性
  • 緩衝性(破壊による衝撃緩和)
  • 排水性
  • 見た目の美しさ(オーバーシーディングによる通年緑化)

その後、他国の馬場管理に関するエピソードを紹介していたのですが、これが興味深かったですね。例えば、ニューマーケットの職員に馬場の構造を聞いたところ、300年間変わっていないから「知らない」と返事があったことや、一方アメリカのダートは赤土で単一構造、普段はローラーで固めて、競走使用時にはハロー掛けと散水を行う、など。

対して、日本の馬場は芝ダートとも複数の層構造になっていて、芝については馬場に水が浸透していくため、路盤の排水性を上げるように調整しているとのこと。ただしその結果として肥料も水も抜けやすいため散水や肥料散布はこまめに行う必要があるとの説明がありました。これは多湿で雨の多い季節がある日本ならではの気候への対策。その場での言及はありませんでしたが、仮に水分が抜けにくい馬場構造の場合はコンディションの調整が難しくなると推察しています。

ダートについては表面のクッション砂が8~9cmというのが近々のチューニングとの紹介もありました。これ以上深くても衝撃の吸収度合いに大きな変化がないというデータがあるようです。

近年の芝馬場管理に関連して、バーチドレンやシャッタリングマシンが稼働している映像を紹介。どんな形状の機械かは小島友美さんのブログを引用するのがベストと思いますので、以下を参照ください。写真が掲載されています。

ameblo.jp

エクイターフでほふく径を伸ばし、バーチドレン(縦)とシャッタリングマシーン(横)で馬場と芝の根に切れ込みをいれて馬場の硬度を調節する(いわゆるエアレーション)という、だいぶおなじみになってきたメンテナンス方法についても説明がありました。

日本の馬場はスポーツターフ

エクイターフ+エアレーションの説明が一通り終わったあたりだと記憶していますが、世界でこんなことをやっているのは我々だけかな、という自虐とも誇らしさともつかないコメントがありました。

そして、それに合わせて日本の馬場を「スポーツターフ」と表現されていました。他国と比較することでより顕著になりますが、先のポイントを踏まえて、相当に競走向けに特化した馬場をつくりだしているという自覚が「スポーツターフ」という表現に表れていると受け取りました。

諸外国の競馬場についてはJRAが情報発信に力をいれている最中

ではここでウマ科学会の議論をちょっと区切って。

海外競馬の馬券販売に伴って、主催者からの情報発信が増えております。JRAや「JRA-VAN Ver.World」の各サイトが充実してきました。

前回までの議論の補足のようになりますが、例えば競馬施行のルールの違いは以下のページから入り込んで比較ができます。馬券販売の充実が情報量を増やしたり異なる文化やルールへの理解を推進する側面がありそうです。

www.jra.go.jp

これらサイトからは、情報量は少なめですが、競馬場ごとのアンジュレーションの比較もできました。ここに注目してみます。

コースのアンジュレーション(勾配)も競馬場によって大きく異なる

凱旋門賞が行われるパリロンシャンの2400mについては、以下のページに詳述されています。抜粋すると「向正面では最大斜度2.4パーセントの上り坂が続く」「3コーナーを過ぎてから下りに転じ、1000メートルから1600メートル付近までは600メートル進む間に10メートルを下がる」。

www.jra.go.jp

大げさに比較したいならエプソムを引き合いに出すのがよいでしょうか。ザ・ダービーが行われる2400mについて、Wikipediaでは「スタートしてすぐに上り坂が始まり、緩やかに右に折れたあと最初の左カーブまでの約1100メートルで約42メートル上る」という説明が加えられています。

ja.wikipedia.org

JRA-VAN Ver.Worldのエプソムの紹介ページでは、「スタートからゴールまで約40mもの勾配があり」という説明がありますね。直線の最後の登り坂についてWikipediaとギャップを見つけていますが、いったん置いておきましょう。

world.jra-van.jp

またアスコットについては、JRAのページでコースの最も高い地点と低い地点の差を比較しています。曰く、「標高の最も高い地点(キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSのスタート地点付近)と最も低い地点(おむすび型コースの頂点付近。スウィンリーボトムと呼ばれる)との高低差は約22メートル」「これは凱旋門賞(G1・フランス)の行われるパリロンシャン競馬場の約2倍で、日本で最も高低差のある中山競馬場(5.3メートル)と比べても約4倍」。

www.jra.go.jp

ちなみに府中の芝コース、高低差は2.7m、直線の坂は約2m。こちらは以前から公開されていますね。

www.jra.go.jp

馬場に国際基準が設けられたことはおそらくない

馬場コンディションとコースのアンジュレーション。ここまで取り上げてきた情報をまとめると、競馬場の特徴には国ごとに相当の差があることがわかります。

あらかじめ国際的な統一基準を設けてから、コース形態やアンジュレーション、トラックコンディションやメンテナンス方法が演繹的に導き出されたとはとても言えないでしょう。念のため、自分の知りようのない国際的な動議があったかもしれないという可能性に配慮して「おそらく」と表現しておきますけれども。

気候、文化的背景、そして主催者のコスト負担を考慮すると、今後、統一基準を設けるという発想そのものにもかなり無理がある(そして恩恵が薄い)と言えそうです。

ある意味オールウェザー馬場はその理想に近づく試みであったかもしれませんが、サンタアニタは排水性を理由に撤退しましたし、メイダンもタペタからダート仕様に戻しています。

いや、この議論で引き合いに出すのは少し無理がありますね。どの国もオールウェザーの導入自体、国際基準の適合を目的にしていたわけではないでしょうから。

馬場はその地域に最適な形でローカライズされてきた

馬場はその地域ごとの条件、事情に沿った形で設定、維持管理されているというべきでしょう。個人の見解とお断りしつつ、国際基準化をグローバリゼーションとするなら、馬場についてはローカライゼーションされるのが現実的、という見解に辿り着いています。

そう考えると、日本の芝馬場がスピード偏重である、ガラパゴス馬場である、という指摘については、そもそもが出発点を違えているといえるかもしれません。もともとアメリカのダートも、エプソムのアンジュレーションも、その地域特有の最適化がされていて他国との接点を前提にしていないことが見いだせるわけですから、いずれもガラパゴスといっていいように思います。

みんなあらかじめガラパゴス、ということですね。

…ウマ科学会での報告だけで断じるのは早計でしょうが、近年の日本の馬場管理は他国に比べて大きく発展していると、むしろ評価すべきガラパゴス化なのではないかと思うところです。

ガラパゴス馬場を解消して得られるメリットとは

ガラパゴス馬場的な指摘が包含している懸念点は、むしろ飛びぬけて質の良い馬場を管理できていることで、他国の競走馬がアジャストしにくくなる→来日しなくなる、という理屈なのだと解釈しております。本当に?という個人的な感覚は置くとしましょう。

仮にですが、府中の馬場をロンシャンと全く同一にした場合。おそらく欧州馬は輸送のコストや着地検疫などルールの差異からくるリスクを優先してジャパンカップではなく圧倒的に凱旋門賞を選択するのではないでしょうか。

よほど日本市場に魅力がない限り、わざわざコストとリスクが高めの遠征を選ぶ動機が見当たらないように思います。

ジャパンカップに海外からの参戦が少ない背景

というわけで、この連続投稿の(1)で宣言していたジャパンカップへの参戦が少ない件について。

何をいまさら、という議論に聞こえる方もいらっしゃるでしょうが、近年ジャパンカップへの海外馬参戦が少ない理由は以下の点が中心と考えています。

  • 欧州、豪州、香港、アメリカの各地域の有力馬にとってローテーションが組みにくい開催時期
  • 賞金額の相対的な低下(増額してももっと高額なレースがある)
  • 日本の中距離馬のレベルが高い

馬場コンディションは上記の点をマイナスに強化する条件になり得る、とはいえそうです。

ただ、日本馬のレベルが今後下がり、賞金額だけそのままであれば、レース適性を考慮しながら参戦を決める陣営は現在より増えるのではないでしょうか。あるいは日本の馬場の評価を利用して、スピード競馬にも適応できるというセールスポイントを得るための挑戦も今後あるかもしれません。

少なくとも日本の馬場はスピードが出過ぎるから、という断り文句を真に受けて自虐的な議論を進めることはピントのずれた着地点を生んでしまうように思います。

以前の自分を振り返るといろいろ懸念していた時期も

ジャパンカップに海外勢が来なくなってしまうという類の懸念、実はずいぶん前に自分自身で提示しておりまして。トーセンジョーダン天皇賞秋ですから、2011年の投稿ですね。当時の、懸念のトーンが強かった感覚が思い出されます。なつかしい。

keibadecade.blog98.fc2.com

差別化のためのローカライズを是非強みに

日本の馬場は速い、そしてそれに対応できることには価値がある。これを国際的に証明することが日本競馬のオリジナルな価値の認識につながる、と現時点では考えています。

というより、つなげる、でしょうね。日本の速い馬場にアジャストしたチャンピオンは他のローカル条件でも結果を出せるという実証=日本の競馬の評価向上、というシナリオをつくることで、ローカライゼーションの極みともいえるスポーツターフの存在やノウハウが、他国の範となること。こちらの方が重要でしょう。

一連の海外遠征はまさにその「売り込み」にあたると受け取っているところです。あ、でもエクイターフは他の地域の気候にはそぐわないようですけどね。

適性を求めたチャレンジが日本馬の評価を上げる

先日、ウインブライトがクイーンエリザベス2世カップを勝利、中山記念から香港にローテーションがつながるケースをひとつ示してくれました。同じレースで振るわなかったディアドラは適性を求めてロイヤルアスコットへ参戦を決めています。

こうしたチャレンジが日本馬の評価を上げるとともに、異なる馬場をもつ2つのローカルの「接点」になることが期待できるように思っています。物差しが増えることはその価値を理解することを促進するでしょう。JBBAのPR活動も、こうした勝利があるとより効果が出やすいようですしね。

それでも日本の馬場が忌避されるとしたら

これまで述べたように、馬場に関してはデメリットのフォローアップよりメリットの強調を、というのが私見ではあるのですが、それでも他国の関係者に忌避される要因があるとしたら、それは個体への負荷、オーバースピードによる過度の疲労への懸念が払しょくされないという状況ではないかと推測しています。

このあたりは2011年当時も考えていましたし、このブログに移ってからも言葉にしてみました。近々の有力馬がレース間隔を大きく開けるローテーションを選択する状況とも関連する議論と思っています。

keibascore.hatenablog.com


さて、次の投稿で以下の点にざっくりと見解を述べて、いったん国際化に関する議論を締めくくりたいと思っています。

  • これまでの国際化の取組みの効果
  • 国際標準へ適合しない、という方針は有効か

すでに長々としていますが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。